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第1章 前検日の幸運

 「東京から来たの!?」
 「1節間、ずっと通うの!?」
 唐津で出会った人たちには、きまってこう驚かれた。
 中には
 「あんたは記者か、それとも選手か?」
 などと、ナイスなつっこみをしてくれる人もいた。それも無理はない。いくらSG競走とはいえ、東京から九州の西の果ての唐津に出張って、1週間まるまる競艇場に通おうとしているのである。

 「いやあ、有休を消化がてらのんびり観戦に来たんですよ」
ってネタをバラしてしまえば「なあんだ」ってことになるのだが、その説明をするまでの、驚きつつもちょっと引き気味の相手の表情を眺めるのはとても楽しかった。中には俺のことを本物の「舟券師」と勘違いしてくれた人もいたかもしれない。いっそのこと、その期待を裏切らないでおいてもよかったかなと、今になって思ったりもする。

 新卒で入った会社をめでたく中途退社することになった俺は、たまりにたまった有休を唐津のグランドチャンピオン決定戦(以下、グラチャン)で使うことに決めていた。しかも、その直前にはボーナスが入る。完璧なタイミングだ。
 7月からはすぐに新しい会社での生活が始まる。まだ、よくわからないけれども、とても忙しそうだ。今までのように、夏冬欠かさず旅打ちに出るなんてことはできなくなるかもしれない。ならばグラチャンで遊ぶしかない。思いっきり打ちまくってやる。それしか考えられなかった。

 唐津に乗り込んだのが前検日の6月18日。もちろん、今回も車での遠征だ。これから1週間、ホテルと競艇場を往復する日々が続く。いつもはホテルを転々としてしたので、今回のような滞在型の旅打ちは初めての経験だ。
 荷物を部屋に入れたあと、すぐに部屋を出た。フロントの女性におすすめの飲食店をいくつか地図に書き込んでもらって、夕闇の迫る街に出る。

 唐津はけっして大きな街ではないが、人口比からすると飲食店が多いのが特徴だ。駅北口のアーケード街は、夜がふけるにつれて行き交う酔客が増えていく。道の両側に等間隔に並ぶ街灯にはグラチャンのペナントがつるされ、夕刻のゆるい風になびいて明日からの熱戦を盛り上げている。

 ふと向かい側から着飾った3人の女性が歩いてくる。レジャーチャンネルのレポーターたちであった。その真ん中の、髪の毛がまっ茶色の強烈にケバい化粧の女。なんと憧れの(?)米倉杏紀ではないか。ああ、なんたる幸運! 唐津に到着してわずか1時間後に訪れた大きな幸福だった。

 しかし、それは俺が唐津に持ってきたすべての運を使い果たした瞬間であったことを、のちに思い知ることになる。



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