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第4章 九州競艇メーリングリスト

 いよいよ開催5日目、準優勝戦の日をむかえた。俺がもっとも楽しみにしていた日である。
 なぜならば、「九州競艇メーリングリスト」の方たちと合流するからだ。みんなで、いわゆる「競艇魔王」、つまり舟券大会をすることになっている。過去にも九州でSGレースが行われたときは開催してきたそうだ。

 今日の幹事は大分から来たMさん。競艇雑誌「マクール」にも何度か登場したことがあるメーリングリストの中心メンバーで、大銭打ちかつ正真正銘の舟券プラス組の凄い人だ。もちろんオビ(100万円以上の払い戻し)も経験ずみという。正門前で記念写真正門前で待ち合わせたメンバーは計8人。すべて男で、年齢は30歳から50歳代までと幅広い。どうやら俺がいちばん年下のようだ。なんか、いかにも競艇場オヤジみたいな人もいるし(いい意味で)、大丈夫かなと少し不安になる。

 そのMさんと親交のある某スポーツ新聞の I 記者のはからいで、来賓席で観戦することになった。
 関係者通用門を通り抜け、エレベーターで5階にあがると、そこが来賓席だった。記憶が曖昧だが、ちょうど大時計の上あたりだっただろうか。高い場所なのでバックスストレッチの奥のほうまで広く見渡せる。水面側の窓に沿って机とイスが並び、皆が横一列になって観戦する。
 そのうしろのスペースには、ホットコーヒーや缶ジュース、おしぼりが置いてあり、自由に使うことができる。投票窓口は右手に2つあるだけ。といっても、観戦者の数からすれば十分な数だ。来賓席には我々のほかにも10人ほどの客がいた。みな何かのコネを使って来ているのだろう。とにかく環境は整った。俺にとっては申し分のないVIP席だ。ついに今日こそは取れそうな気がして、闘志が全身にみなぎってくる。

 今日の趣旨はあくまでも舟券大会である。賞品として、Mさんが I 記者経由で調達した選手アイテムが用意されているという。舟券の当たりも出したいが、賞品も本気でほしい。もちろん皆も狙っていることだろう。トータルで収支がもっともよかった人が優勝だ。購入点数や購入レースの数に制限はないので、エビス買いをするもよし、見する(けんする。舟券の購入を見送ること)もよし、思いのままのスタイルで打つことができる。来賓席の様子購入した買い目と金額は、レースごとにKさんのパソコンに入力する。
 本職のプログラマーであるKさんがエクセルをベースに作った「競艇魔王」専用シートは、改良に改良を重ね、ひと目で参加者の収支状況がわかるようになっている。入力の都度、自分のポジションやみんなの戦況を確かめられてとても楽しい。

 もはや当たりをつかむ万全の体制ではあるのだが、今日も朝からとにかく当たらない。泣きたくなるくらい当たらないのだ。観光で1日休んだとはいえ、初日から通い続けてここまでノーホーラ。はっきり言ってアホである。旅費をまるごと舟券で取り返す目標が、いつしかせめて交通費だけでも、いや、ホテル代だけでもという気持ちになり、そして今や今日までの舟券代だけでいいから返してくれという弱気の極致だった。

 すると、7レースで高配当が出た。1号艇の濱野谷憲吾が飛び、この日まで連対なしの森竜也が4カドから1着。2着には地元の小菅が入ったが、7230円もついた。そしてこれを取った人が2人いた。もちろん、俺じゃない。1人は幹事のMさん。さすが高配当の狙い打ちはお手のものである。初当たりだったようで、「やっと片目が開いたよー」とほっとしたように微笑んだ。
 そして、もう1人は俺の右に座っていた別のMさん。500円押さえていたという。そのMさんから祝儀だよ、といって1000円もらった。俺はうれしかった。1000円もありがたいが、ついてる人にもらった1000円札が、まるでお守りのように当たりを引き寄せてくれるような気がしたのだ。

 ところで、このMさんがなかなかおもしろい人なのである。年は50過ぎ、いや60に近いだろうか。佐世保から来たという。白のポロシャツに、白のトレーニングパンツ。ウエストバッグをずり下げ気味に携え、手にはいくつかの紙袋とナイロン袋を提げていた。
 いかにも競艇場の住人といった風体のおやじさんなのだが、インターネットもこなし、オリジナルの予想を公開するホームページを開いているという。その予想理論を教えてもらったのだが、どうにも難しくてよくわからない。何かの要素を指数化して方程式に当てはめ、その上で買い目を出すのだという。この日の予想をびっしり書き込んだ自作の競艇新聞を持っていて、これまたMさん手作りのふかしイモ(笑)と一緒に、そのコピーをいただいた。普段はテニスやゴルフもたしなむとのことで、まさにスーパー競艇人なのである。
 しかし、予想理論は何度聞いても俺には難しすぎて理解できなかった。残念。

 見するレースが続くので、好奇心からフロアーを探検してみることにした。
 仕切り板をはさんだ来賓席のすぐ左側は、唐津常駐と思われる記者の仕事場になっており、先ほどからみなノートパソコンに向かって仕事をしている。と思ったら、くだんの I 記者はロト6の出目を解析していた(笑)。「どう、これが記者の仕事よ」とMさんが茶化す。のんびりした雰囲気だったので、いい仕事だなー、なんて思って見ていたのだが、準優が始まる前にみな慌ただしくピットへ降りて誰もいなくなってしまった。翌日の朝刊に準優のレポートと優勝戦の予想を載せなければならないのだから、これから夕方にかけては大変なのだろう。

 一方、記者席の反対側は先が見えないほどにずっと奥までのびている。出入りのチェックもないので、ずんずんと歩いていくことにした。
 どうやらここは雑誌記者や、出張してきた他場の記者のための席らしい。来賓席よりもさらに少しゆったりとしていて、仕事場という雰囲気の空間ではないように感じた。見知った顔にもたくさん出会った。マクールの水村編集長、作詞家の喜多條忠に、イベントのために来ていた村上ショージ、蛭子能収などなど。そのほか、元選手で現解説者の清水克一や、前日のトークショーに出ていた田頭実までいた。トイレでは、内田アナが疲れ切った顔で用を足していた(それもそのはず、今シリーズは初日から実況を担当しているのだ)。
 ミーハーな俺は艇界の有名人を見られただけですっかり満足してしまった。それにしても階下のスタンド席からすると、記者席のゆったりさと静かさはまるで別世界だ。

 やはりと言うべきか、結局この日もノーホーラに終わった。途中からもう当たる気がしなかった。田中信一郎と寺田千恵で堅いと思っていた準優勝戦の第10レースも、山下和彦にスタートを決められた時点で終わってしまった。俺もひどかったが、みんなも波に乗れなかったようで、結局、参加者の中で浮いた人はゼロ。賞品は次回に持ち越されることになった。

 その後、国道沿いの料理店に場所を移して打ち上げをした。競艇という共通項があるから打ちとけるのも早い。みんな初対面ではないような気がして、人見知りの激しい俺でもとまどうことなく話すことができた。競艇が趣味としてマイナーであるからこそ、親近感がより強くわくのかもしれない。焼酎の水割りを作り、作られつつ、競艇談義に花を咲かせる。

 「初日からずっとノーホーラで、もう、優勝戦やる元気ないですよ」
 と俺がこぼすと、向かい側に座っていたふたまわりも年の違うKさんが
 「Tちゃんよ(俺のこと。もう「ちゃん」づけなのだ!)、ボーズはつらいかもしれんが、まあ、明日もがんばってみいって」
 と温かい言葉をかけてくれた。
 いつのまにか体の奥深くに溜め込んでいた無駄な緊張が、すうっと抜けて、鬱々としていた自分が回復していく気がする。

 そういえば、勝っても負けても今までほとんど1人だった。だから、買った喜びを独り占めすることはあっても、負けた悔しさをこぼすことはできなかった。
 たかがギャンブル、たかが趣味のひとつとはいえ、これほどまでに不的中が続くと自分の予想能力や判断力、そして人として最低限備えているはずのツキの存在までもかぎりなく疑ってしまう。この先、二度と当たりを引き寄せられないように思えて滅入ってしまうのだ。ギャンブルを好む者ならば、きっと誰でも一度は経験していることなのだろう。
 そんな俺の心境を知ったるKさんがかけてくれたからこそ、心に深くしみる言葉だった。



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