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第3章 唐津は競艇の街

 初日、2日目と続けてノーホーラ(ひとレースも舟券が当たらないこと)に終わった俺は、すっかりグロッキーだった。こんなことは初めての経験である。ここで必要なのは気分転換だ、と考えて、3日目は競艇場へ行かずにのんびり観光としゃれこむことにした。

 まず向かったのは、唐津の街から北へ30分ほど行ったところにある呼子(よぶこ)港。イカで有名な場所だ。港のすぐそばの店に入ってイカ定食を頼む。確かにうまいのだが、あまりに味がシンプルなので、途中で飽きてしまう。食べているうちに、イカなんて新鮮であれば、どれも味は同じなのではないか? という疑問が頭に浮かんでくる。ビールが飲みたくなるのを何とか我慢して、七つ釜に向かった。

 ここは玄界灘の高く荒い波が、切り立った岩壁に開けた7つの穴を開けたことから名付けられたというのだが、数えてみるとどうにも8個あるように見える。人っこひとりいない岸壁の上に立って、玄界灘の高く荒い波が七つ釜に打ちつけては白く砕けて消えるようすに、がらにもなく見とれてしまう。陳腐なたとえで恐縮だが、ちょうど洗剤が白く泡立つ洗濯槽が回るところを、いつまでも見ているようなものだ。

 その後、唐津に戻って唐津曳山展示場へ行った。毎年11月に行われる唐津神社の祭り「唐津くんち」で引き回される曳山(山車のこと)が展示されているところだ。獅子などモチーフにした重さ2トンから4トンもある14台の曳山がガラスの向こうで鮮やかな朱色を放っている。
 中でも魚屋街の鯛の曳山が愛嬌たっぷりでおもしろい。ほかの13台は祭りにかかわる人々の心意気をこめられたかのように勇ましいのだが、この鯛の曳山だけは、黒い目がぎょろりと大きく、柔和な雰囲気を出している。祭りでこれらの曳山が、街や砂浜を引かれて回るところを想像すると、秋の唐津に魅力を感じるのである。

 こうしてひと通りの観光をしたわけだが、正直なところあまりリフレッシュにはならなかった。というのも、1人で名所を巡ってもあまりおもしろくないのだ。うまいものを食べても、美しい景色を見ても、そのときの感情を伝え合う相手がいない。それゆえ、心に深く留まることもない。だから、いまひとつおもしろくくないのだろう。ひとり旅は好きだが、自分の場合、やはり打つことが大前提になっているのだと思う。同じひとり旅でも観光を主目的にする人がいるが、どうやら俺にはそのタイプの旅人にはなれそうもないなあと実感した1日だった。

七ツ釜

 翌日は競艇場へ行った。予選最終日だ。今日こそは当たりを出すべく、気合いを入れてロイヤルシートに乗り込む。果たして、この日もノーホーラに終わった。中穴狙いのスタンスを崩さないよう舟券を買っているのだが、とにかく当たらない。そもそもアタマで買っている選手が1着に来ないのだ。これではどうにもならない。レース展開を無理に組み立てて予想しているから? 買い目を絞りすぎているから? 理由はわからない。わからないから、長い長いノーホーラのトンネルから抜け出せないでいるのだ。

 最終レースを見終えて、すっかり魂の抜けた俺は、いつものように夜の唐津へ繰り出した。繰り出した、というと豪遊しているように聞こえるが、ごく普通の飲食店に入って中ジョッキをあおりながら夕飯を食べて、あとはレモンハイをチビチビとすするくらいのことである。

 この日は中華料理屋へ行ってちゃんぽんを食べた。そのあと、あるスナックへと向かった。初日に食事に入った店で地元の人に教えてもらったスナックだ。初日の夜、日本料理店のカウンターである家族と隣り合った。その主人が隣町の役場の観光課に勤めているとのことで、俺がホテルからもらった飲食店マップにおすすめの店を知っている限り書き込んでもらったのだ。その地図を頼りに今日まで、食事する店を選んできたわけである。飲食店だけでなくスナックやクラブもひととおり教えてもらったので、ぜひ一度行ってみようと思っていた。狭い唐津の街のことだから、きっと競艇に関する情報が得られるに違いないと考えたからである。

 そのスナックは繁華街の東側に位置する小さなビルの2階にあった。足下の暗い階段を確かめるようにゆっくり上っていくと、ぶ厚そうな木製のドアが1つある。店の中を伺い知ることはできない。紹介された店だから心配は不要なのだが、やはりドアを押すのは勇気がいる。
 思い切って中に入ると予想に反して店内は広く、スナックというよりも小さなクラブといった雰囲気だった。

 まだ早い時間だからか客はおらず、カウンターの中に50歳前後のママと、俺と同い年くらいの女性のふたりがいた。カウンターの隅っこの席に座り、慣れた風をよそおってビールを注文する。コースターを敷いたグラスにビールを注ぎながら、若い方の女性が尋ねてきた。

 「今日はお仕事?」
 「いえ、遊びですよ。ボートに行ってきました」
 「へー、いいねえ」

 これを機に、女性と俺の競艇談義が始まった。今はそうでもないが、その女性も昔は競艇にはまっていたというのである。それどころか、なんと競艇選手と交際したことがあるという。さすが唐津。競艇の街なんだよなあ。

 「H選手って知っとる?」
 「ええ、知ってますよ」
 「もうずっと前のことだけど、付き合っとったんよ。今はA級やけど、その頃はまだB級やったな。でも、1年くらいで終わってしまったけどね。彼の生活にはついていけんかった」
 「どんな感じなんですか?」
 「例えば一緒に泊まって、朝起きると、いきなりビールをカーって飲み出すんよ。そしたら、『おっ、行くぞ』って今度はサウナへ行くんやわ。減量のためにね。競艇選手ってこんな調子なんやってようわかったわ」

 また、こんな話もしてくれた。

 「彼が、『次の節、おれ絶対来るけん、俺から買ってくれよ』ってしきりに言うから買ってみたんよ。そしたら、ホントに来るんやわこれが! おかげでだいぶ儲けさせてもらったわあ」

 モーターを引く前から買ってくれ、と言われても、俺だったら信じなかっただろう。どう考えても気合いだけで勝てる競技ではないからだ。H選手はそのとき何を根拠に自分の舟券を勧めたのかわからないが、しかし、H選手は俺の目の前の女性に舟券をプレゼントした。一度でいいからこんな内部情報(と呼べるほどのものではないが)を入手して、舟券を厚く当ててみたいものだ。
 当たったときの快感は薄くても、代わりに、自分だけがこのレースの内情を知っているという優越感がわくわくさせてくれるだろう。3日続けてノーホーラの俺は、わらにもすがりたい気持ちでそう思った。



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