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ストーリー

そのほかの旅打ち記
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第1章 旅館石井にて

 旅館石井は小倉駅南側に栄える飲み屋街の南端から、わずかに離れたところにある。呼び込みの男たちと酔客でごった返す、ネオンのうるさく光る通りから少し歩くと、旅館のひっそりとした玄関の前に出た。

 いつもはホテルを利用する私が今日にかぎって旅館を選んだのは理由があった。伊集院静氏が泊まった旅館だからだ。いや、氏のファンというわけでもないのだから、それは正しくはない。著作のひとつである「夢は枯野を―競輪躁鬱旅行」の中で、この旅館を舞台にしたエッセイを読んだからだ。熱狂的な競輪ファンの伊集院氏が、1年間にわたって続けた全国競輪場めぐりの旅をつづったこの本の中で、旅館石井はこう描かれている。
 三年前の話しである。
 私は一人で石井旅館に泊まっていた。客は半分近くが競輪の客だった。部屋に案内してくれた若い女性が、
「お客さん、競輪ですか」
 と急に言ったので驚いた。話しを聞くと宿の女の勘が鋭かったのではなく、私が上着から取り出した競輪新聞のせいらしかった。
「ずいぶん遠くから見えとるお客さんもありますよ。青森からの人もあるし、面白いですよね」
 と女は言った。
「お客さんはどこから見えたの?」
「俺は東京からだけど」
 と答えると、
「東京から飛行機で見えたの」
 と笑った。
(「夢は枯野を・ふたたび小倉」より)
 慣れない旅館での宿泊に少し固くなっていた私を部屋まで案内してくれたのは、若い女性ではなくて、中年の女性だった。

 「今日はどちらに行ってましたの」
 「宮島で競艇やってきました。明日は若松に行くつもりです」
 「そういえば、さっきいらっしゃったお客さんも、今日は大村競艇に行ってきて、明日もどこかのギャンブル場に行かれるって言ってました。九州はギャンブルが盛んですからね」

 ほほ笑む女性につられて、私も思わず我が身を振り返って苦笑してしまった。福岡県は、群馬、埼玉と並んで、競馬、競輪、競艇、オートレースのすべての公営競技が揃う、ギャンブルが盛んな土地なのだ。
 お風呂にしますか、と尋ねる女性に、明日の朝シャワーを浴びさせてくださいと伝えると、女性はそっと戸を閉めて出ていった。

 とたんに静かになった。部屋の空気が壁や天井に沿って流れ、互いにもつれ合う音までも聞こえそうなくらいに静かだった。すぐそこには歓楽街があるのに、である。久しぶりに見た畳の柔らかな草色と、故郷を思い起こさせるような匂いが私を錯覚させていたのかもしれない。
 この宿にひとり泊まって、伊集院氏は何を思ったのだろうか。作家としてではなく、ギャンブラーとしての氏に私は興味があった。妻であった女優・夏目雅子を亡くした後、ボストンバッグに何千という金を詰め込んで全国の競輪場をさすらっていたという。私に比べれば、雲上人の、スケールのずっと大きな旅打ちだ。それでも旅打ちという、今の私と同じ行為に耽っていた氏が、この宿でこうして部屋にぽつねんと座って何を思い、何を感じていたのだろうかと想像すると、私は胸の高鳴りをおぼえずにはいられなかった。

 翌朝、浴衣を抱えて浴室に下りてゆくと、玄関から昨晩の中年女性と何人かの話し声が聞こえた。宿を出てゆく客だろう。私はどこでも、たいていぎりぎりの時間にチェックアウトするから、いつも取り残されたような孤独感を味わうはめになる。
 シャワーのあと、荷物をまとめて玄関へ下りていった。清算をしていると、昨晩の女性が
 「コーヒーでも飲んでいかれたらどうですか」
と言うので、ありがたくもらうことにした。
 右手にコーヒーカップを持ったまま、玄関の奥まったところにあるこげ茶色のソファに腰を下ろすと、ぐっと体が沈み込んで不意に全身の力を奪われた。そのままの姿勢で正面を見つめると、壁にかかった大きな振り子時計が私を見下ろしていた。黄ばんだ、ぶ厚いガラスの向こう側で、黄金色をした振り子が、右に左にゆっくりと揺れながら時を刻んでいる。じっと見つめていると、この時計の刻む時が、私を伊集院氏のエッセイの中に連れていってくれそうな気がしてくる。

 「おにいちゃんは今日はどこへ行くの」
 中年の男性から声をかけられた。宿の人だった。
 「若松競艇ですよ」
 「そうか、ちょうどよかった。それじゃ、これをあげよう」
 男性は右手に折りたたんでいたスポーツ新聞を床の上に広げると、若松競艇の欄を探し始めた(九州のスポーツ新聞は公営競技の扱いがとても大きく、中央競馬を除いても4ページくらいある)。
 「さっきのお客さんは小倉競馬、僕は競輪だしね、おにいちゃん競艇でよかったよ」
 と言いながら、スポーツ新聞から競艇のページをびりりと慎重に破り取ると、それを手渡してくれた。
 かばんと新聞の切れ端を手に持って旅館の玄関を出ると、老婆が小さなほうきで表を掃いているところだった。
 「あんたも好きだねー」
 さっきの男性とのやり取りを聞いていたらしく、若いモンが、という嘲笑の目で私を見ていた。
 そしてその老婆の向こうには、クスノキのおそろしいほどに太い幹があった。
 
競輪場までと、呼んだタクシーはまだ来ていなかった。木枯らしが足元をさらった。ざわざわと、私たちの頭上で乾いた冬の葉の鳴る音がした。中島君は腰に手をあててクスノキを眺めている。
 「樹齢何年くらいになりますか」
 と中島君が女将に聞いた。
 「四百年と聞いとります」
 若い女将はエプロンを脱ぎながら答えた。
 「四百年と言うと、関ヶ原の戦いの頃だな」
 と中島君が呟いた。
 「関ヶ原と言うと、勿論、競輪はなかったでしょうな……」
 と私が言うと、傍らの赤羽記者が白い歯を見せて笑った。私もあらためて、クスノキを見た。大きな木である。四百年も生きていると聞くと、この木の生命の本体は、どの辺りにあるのか、不気味に思えてくる。人間の寿命が七十年として、その六倍は生きている。クスノキの周辺の人間も動物も植物も、皆生きて絶えたろうにこの木だけが生きていたことになる。
 (同上)
 幹をたどって視線を上げていくと、頭上の空間を埋めつくす濃緑の屋根があった。微かな風にそよぐ密な葉をじっと見上げていると、視界を占領していた緑色が徐々に目の前に押し寄せてきて、天地を認識する力が失せていく。すると、ちっぽけな私の存在と生きざまが、クスノキの400歳の魂に吸い取られてゆく気がして、やがて何も聞こえなくなった。


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