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ストーリー

そのほかの旅打ち記
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第3章 友人Yの旅打ち

 「俺、離婚したわ」
 薄汚れたフロントガラスの向こう側を真っ直ぐに伸びる瀬戸大橋を走りながら、電話の向こうであっさりと話すYの言葉を思い出していた。

 Yに会うのは、彼の結婚式に出席して以来、ちょうど2年ぶりだった。西日が射しこむ教会に流れた讃美歌の夢想的な旋律、神父の前で口づけを交わすふたり、夕暮れの芝生に、おそらくYが選曲したのであろう中央競馬のファンファーレに合わせて入場するYと彼女、仲人をたてない開放的な雰囲気の披露宴を今でもはっきりと覚えている。

 まさか、わずか2年後の再会に、Yが独身に戻っているとは思いもしなかった。
 Yは大学時代の同級生だった。互いにギャンブル好きなこともあって、一緒に競馬に行ったり、また同じところでバイトしたこともあった。彼女がYより1年遅れて上京して、しばらくしてふたりは一緒に暮らし始めた。Yは1年遅い彼女の卒業を待って、ふたりで故郷に戻ったのだった。

 「なんだ、思ったよりオヤジになってないなあ」
 丸亀駅前のロータリーで待ち合わせたYは、懐かしい笑顔で近づいてきた。Yも2年前とあまり変わっていないように見えた。下あごにわずかに生やした、とげとげとした髭が、かえってYを若々しく見せていた。
 市内の鳥料理店で再会を祝って乾杯をした。平日だというのに店内は満席で、店内は仕事帰りのサラリーマンや家族連れの客で騒々しかった。コショウで辛く味付けされた骨付きのもも肉がビールによく合う。手と口のまわりを脂でベトベトにしながら、互いの近況や学生時代の共通の友人のことを報告し合った。

 3杯目のビールを頼んだころ、Yの離婚話に話題が移っていったのは自然の流れだった。Yもその話題に触れることにためらいはないように思えたし、もともとフランクな男であった。

 「去年の9月に別居してな、正式に離婚したのは今年の4月。実質、1年ちょっとしかもたんかったなあ。別居やら何やらで揉めてた頃は、ほんま、心労で額の隅っこのへん禿げ上がるし、まいったわ」

 「嫁さんと喧嘩するとな、俺から『ほな出てったるわ』て言うんやけど、実家に帰るわけにもいかんしな。とりあえずサウナでも泊まろかと思うて、部屋着の上にスーツ着て夜道を必死にママチャリこいどったら、警官に『君、何してんの』って呼び止められるしな。そういえば、会社の車の中で夜を空かしたこともあったなあ」

 「今、彼女いてんの? いるんやったら、はよ結婚しいな。そんで、はよ子供作れや。子供生まれるとな、お互いの関心が子供に向かうから、夫婦喧嘩もなくなるで」

 あまりにもあっけらかんと、まるで持ちネタを披露するかのように自らの離婚話を語るYを見ていると、あの結婚式が幻か、それとも遠い昔の出来事のように思えて仕方がなかった。Yはその過去をわざと遠くに追いやるために、ここまで明るく、他人事のように話しているのだろうか。彼の心境を推し量ることができなくて、私はひたすら相づちを打つしかなかった。6年間も温めたはずの愛がたった1年で壊れてしまうなんて、そんなことがあっていいものか。信じられるはずのものを懐疑せざるを得ない状況に、私は少し落ちつきを失っていた。

 港のそばにひっそりと立つ、倉庫を改造してできたというバーに場所を移した。「男ふたりで来るとこちゃうけどな」とYが語る店内は、ほとんど暗闇で、壁にぎっしりと並んだボトルがそれぞれのリキュールの色を鈍く放っていた。

 「離婚してな、仕事も辞めたわ。向こうの親が結納金返してくれて、俺、その金でしばらくひとり旅してた。本当はうちの親に渡さなあかんかったのやけど。レンタカー借りて福島や山形の競馬場をめぐって、そうそう、山形のなんとかって温泉、最高やった。それからふと小倉に行きたくなって、そのまま飛行機で行ったわ。小倉のホテルに1カ月滞在してな、平日はパチンコ、週末は競馬、楽しかったなあ」

 Yが東北や小倉でしたことは、明らかに非生産的で、現実逃避な行為だった。しかし、そんなYを嫌悪することも戒める気にもならなかったのは、それらが離婚という、私が体験はもちろん想像さえもし得ない心労の果てのものだったからだ。結婚も離婚も経験したことのない、それどころか現実的に考えたこともない私が、今の彼にとやかく言える立場にはいないような気がしたのだ。

 すこし話し疲れた雰囲気が漂い始めたころ、Yが言った。
 「やっぱ、女の子と話したいなあ。よしゃ、今から探しに行こか」
 私は承諾した。私自身、彼と同様、女性を交えて話せたらさらに楽しいだろうと思っていたし、また、彼の勢いを止めるだけの力もなかった。すでに午前零時をまわっていたが、Yも私も元気はありあまっていた。

 市内の道路は、時おり改造車が通るくらいで静かなものだった。Yの軽自動車の後について夜光虫のごとく、ネオンのきらめくゲームセンターやカラオケボックスに立ち寄った。真夜中の街道をウィンカーも出さずに走りまわるのは痛快だった。Yも同じ気持ちだっただろう。ブレーキもかけずに曲がり角を曲がるYのテールランプが、たった2年間の、しかし長い2年間の出来事を振り払おうとする彼の心の揺れに重なって見えた。



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