第3章 徳山競艇場 |
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| 旅打ちに出てから1週間経った。明日は移動日なので打つのは今日が最後だ。 考えてみれば、福岡競艇での新鋭リーグ戦を皮切りに6日間も連続してギャンブルをしていることになる。しかし、うんざりした気持ちなんて少しもない。テンションは日々あがっていく一方だし、このままいつまでも打ち続けていたいのが本音である。ギャンブルを好むものなら誰でもそう思うことだろう。 しかし、それは仕事や生活といった日常的なものを自らの背景として抱えているからであって、ギャンブルへの没頭はそこからの逃避行為に過ぎないのかもしれない。もし自分が背負うものや自分に課せられたものが何も無くて、本当に自分だけの存在で生きている人間であれば、ここまでギャンブルに浸ることはないのかもしれない。レース場は時代や世俗からかけ離れて人間が浮遊することのできる空間なのだと思う。 この日は徳山クラウン杯争奪戦の最終日だった。旅打ちの最後にはふさわしい場だ。 昨年もこの徳山周年記念を見に来たことを思い出した。スタンド工事のため間近で観戦することのできない1マークもあのときのままだし、バックストレッチの向こう側の笠戸湾はあいかわらず深い青緑色を見せている。 昨年も今日のように暑い、晴れた日だった。イベントホールではフライング休み中の市川哲也がトークショーをしていた。本命を背負う今村豊がエンジンに苦しみ準優入りも果たせず、その一方、広島の山下和彦が6コースからG1初優勝をさらったシリーズだった。 あの時と何ら変わることの無い競艇場のスタンドに立っていると、何だか1年前にタイムスリップするかのように、そのときの自分がよみがえってくる気がする。 競艇に限らず公営競技を好む人間は、概して大レースの結果からその年のことを思い出すことができるものだ。何年前のあのレースは確か優勝したのが誰で、そういえばあの年にはこんな出来事があって、そのときの自分はこんなことをしていたな、と。ギャンブラーの脳ではレースの記録が記憶の見出しになっているである。 第12レース 優勝戦
スポーツ新聞では「岡本と今村の地元対決」と大きな見出しが踊っており、舟券も両者の折り返しが圧倒的に売れている。私は烏野から買った舟券をズボンのポケットに押し込み、2マーク側のスタンドの塀に上ってスタートを待った。 1マークを回って6艇がバックストレッチをこちらに向かってくると、周囲に緊張が走った。 先頭を走るのは白色に輝く艇――それは岡本だった。続いて黒の今村。 第2ターンマークを岡本に続いて今村が駆け抜けようとした時、内側から赤い烏野の艇がものすごいスピードで今村の艇に突進をかけた。スタンドがどよめく。 まさに一瞬のことだった。 ドンという鈍い音とともに今村はエンストし、その脇を他の3艇が駆けぬけていった。それはまた、最も支持された舟券が消えた瞬間でもあった。 ターンマークの側にひとり取り残された今村は必死にロープを引いてエンジンをかけようとするが、かからない。やがてあきらめた今村は、ボートの中から小さなオールを取り出してターンマークの奥へと漕ぎ出した。ヘルメットのシールドの向こうの眼はピットの上の青い空を見つめたまま動くことは無かった。その今村のすぐ側を、5つのボートが水しぶきをあげて駆け抜けてゆく。 帰り道、渋滞で進まない道にうんざりしていると倉谷や高橋らを乗せたタクシーと隣り合わせた。助手席の高橋は携帯電話を片手に笑顔で何やら話しこんでいる。後ろの窓側に座った倉谷は4着に終わった優勝戦のことを振り返っているのだろうか、窓にひじをかけて安らいだ表情で外を眺めていた。その表情は選手としての地位とプライドと、そして生命をも賭けて戦い続ける男に訪れた、つかの間の平穏のように見えた。 |
