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ストーリー

そのほかの旅打ち記
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第2章 芦屋競艇場

 福岡ドームの下の屋内駐車場から車を出すと、夏の一直線な日差しが車内に飛び込んできた。
 ここ福岡ドームをはじめとして、ベイサイドプレイス、マリンメッセ福岡など福岡の海沿いはどこも新しい。整理され統一されていて、そして都会的ではあるけれども、そのぶん人工的だから味気ない。観光地としての開発が前提になっているためか生活の匂いがしないのだ。博多は、近代的な文化をなかば計画的に創造した都市といえるかもしれない。

 九州自動車道に上がる前に博多駅に寄った。平日の昼間らしくスーツを着たビジネスマンで駅は混雑していた。駅前の広場では、この夏、福岡県代表として全国高校野球大会に出場する選手たちの壮行会が行われていた。昼間のアスファルトの上で、しかも混雑する博多駅の前での壮行会に選手たちはやや疲れた表情であった。しかし、真っ黒にやけた顔はたくましく、高校生らしからぬ戦闘的な目をしていた。

 ふと自分の高校時代を思いだした。
 私は中学まで野球をやっていたが、高校に上がってからはそれを続けなかった。どうもその頃から少年らしからず合理性に目覚めたためか、中学で経験したような真夏の炎天下での練習だとかの根性論的なものになじめなかったからである。
 しかし、今では、野球をやめてしまったことをひどく後悔している。野球はチームプレーであるけれども、打席で来たボールにバットを当てる瞬間、自分の守備範囲に来た玉をグラブに収める瞬間はまぎれもなく個人プレーである。チームプレーのゲームでありながらも、個人プレーでしか味わうことのできない緊張感と対峙しなければならない魅力が野球にはあった。

 芦屋競艇場はずいぶんと古ぼけた感じのする競艇場だった。場内はそれほど混雑していなかったが、指定席はすでに売り切れていた。
 水面際のフェンスにもたれかかって出走表を眺めると、第12レースに佐藤大介の名前があった。先頃、人気の女子レーサー・鈴木綾と結婚した愛知の若手選手だ。まだ23歳だという。1年半ほど前に蒲郡で一度見たことを思い出した。アウトコースから、腰を高くあげたモンキーターンで、ヘルメットの奥の表情が読み取れるくらいにスタンドに近づいて、消波装置すれすれを力強く駆けぬける姿が印象的だった。

 「人より早く走った分だけ多くのお金が稼げる。」
 選手を志す者の多くがあげる動機だ。
 競艇選手は会社勤めに比べればはっきりとした夢を描きやすい、将来をイメージしやすい職業だといえるだろう。
 競艇選手になるためには高い倍率をくぐり抜けて養成所に入所し、さらに1年以上にわたる厳しい訓練を乗り越えなければならない。それでも選手を目指す者は、その覚悟をしたうえで志すのだろう。つまり競艇の養成所を受けるものはその時点で、若くして明確な目標を持っている者である。彼らはすでに具体化した夢に向かって、いや心に描いた将来像を実現すべく、ストレートに生きてきたのである。
 ふと博多駅で見た球児たちを思い出した。
──自分はこれまで彼らのようにストレートに生きてきだろうか

 そう自問すると、否定的な答えをせざるを得ない自分に気づいて、もう取り戻せない過去にどうしようもないもどかしさで胸が一杯になる。
 人は年とともに多くの経験を積むことができる。いや、経験を積む機会と期間が与えられる。
 しかし、年を取ると確実に未来の選択肢が減る。それは、その時までに得た経験をもとにして、人は徐々に減ってゆく選択肢の中から生きる道を的確に選択しなければならない、ということなのだと私は思っている。


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