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ストーリー

そのほかの旅打ち記
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第1章 児島にて

 児島に来るのは2回目だ。前回来た時もそうだったが、児島の水面には迫力や威厳のようなものを感じる。柔道や剣道の道場にあるような、張りつめた空気が肌に突き刺さってくるのだ。ここはファンがレースを楽しむための場所というよりも、選手たちが互いをぶつけあい、切磋琢磨するために設けられた空間のように思える。

 出場選手は豪華だった。イーグル会総帥の黒明を筆頭に、この夏の児島モーターボート記念を制した山本浩次(その年の賞金王決定戦では散々な成績だったが)や林貢、小畑実成がいる。若手では片山竜輔、井川大作、平尾崇典など。ダービーを制した山室や川崎がいないのは寂しいが、それにしても児島ならではのにぎやかな年末戦である。
 一般戦に強豪選手が出場するとオッズが一本かぶりになってしまい小銭打ちには手を出しにくくなるが、これだけのメンツが揃えばオッズも平均化して中穴が狙いやすくなる。私が最も好むタイプのレースが期待できそうだ。

 第9レースと12レースに登場する黒明良光が、先ほどから何度もレースの合間に水面に現れては、後ろにまわした右手で、エンジンを調整しながら試走を繰り返している。初日だから気合いが入っているのか、それともエンジンが出ていなくて整備に苦労しているのだろうか。

 黒明といえば知名度が高いだけでなく、全国に多くのファンをもつ選手だ。競艇という競技においてこの黒明のように、ファンにその個性を知らしめるのは、とても難しいことなのではないだろうか。
 例えば野球やサッカーにおいては、スピードや力強さといった肉体の動きのみならず、表情や汗、時には声といったさまざまな要素で自己を演出し、観る者に自己をアピールできる。しかし競艇選手はヘルメットとカポックで全身を覆い隠され、その一挙手一投足を露出する機会が限定されている。しかもテレビなどのメディアへの露出も極めて少ない。
 この制約の中で、選手は強くあり続けることを大前提として、さらに豪快なターンや緻密なレース運びなどのレースぶりで個性をアピールし、ファンを魅了しなければならない。
 ヘルメットやカポックを突き破り、エンジンの爆音をも突き抜けて観る者の心に達するほどの強烈な人間性が、黒明のようなカリスマと呼ばれるほどのレーサーになるためには必須なのだ。



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